Saturday, June 11, 2011

宮城県に行ってみた。

6月2日~3日という短い時間を利用して、宮城県は山元町にボランティアで行ってきました。

現在働いている環境コンサルタント会社で、既に宮城・福島などに入っている同僚がおり、会社の仲間何人かで行ってみました。
半年振りに訪れた仙台の町並みはそれほど変わっていませんでしたが、山元町に付近に入るにつれて、津波の被害がまだ残っていることに驚きました。

海水が引かない田んぼ、そこに残っている家財道具、基礎しか残っていない家。

私たちは側溝の泥上げなどを中心に、地元で活動するNGOと共に作業を行いました。
でもこれから暑い夏に向けて、その辺一帯の衛生状況なども心配になりました。



自分が被災地に行ったところで何ができるのか、悩んだ末での訪問でした。
しかし、現状を見ることで、まだまだやらなくてはいけないことがあることを実感しました。


明日からは大阪出張です。
人生2度目の大阪。
あんなにも中心部で仕事ができること、心配もありますがワクワクします。


被災地への毎週の訪問は難しいですが、絶えず自分がやらなくてはいけないこと、できること、そしてやりたいことを考えながら過ごしたいと思います。

Sunday, March 20, 2011

地震発生から8日が経ちました。

地震発生から8日が経過しました。

3月11日は仕事で茨城におりました。
外で井戸掘削のボーリング作業を見ていたところ、地震が起こり、最初はすぐに収まるだろうと思っていたのですが、収まらず。業者さんと一緒に敷地外へと避難しました。

どこが震源なのか、何がなんだか分からずに居たところ、会社より連絡。
思った以上に被害は深刻らしい・・・。
作業も中断、私は体調を崩していたこともあり、一足先に業者さんと東京に戻ることに。

電車や信号機は止まり、道路は陥没。
コンビには停電で、渋滞に巻き込まれる前に何かを購入しようと並ぶ人々。
結局私は24時間かかり都内へと戻ってきました。

車の中で見た津波の映像。
これまで生まれ育った東北の変わりようにショックというか、言葉がありませんでした。

今までは途上国に居る人を助けたい、と言う気持ちでやってきていました。
それがこのような状況になり、自分には何ができるのか、改めて考えています。

Tuesday, January 04, 2011

日本に帰国して6ヶ月が経ちました。

2011年、明けましておめでとうございます。
今年は久しぶりに実家青森でお正月を過ごしています。新幹線もついに開通し、新青森駅まで新幹線での帰省となりました。

6ヶ月ぶりの更新ですが、お陰様で中身の濃い半年間でした。
何をしていたのかというと、、、

1.筑波で非常勤研究員(7月位から9月まで)
2.親知らず抜歯3本
3.横浜へ引っ越し
4.就職(10月から環境コンサル)

色々な方のご支援のもと、帰国してから直ぐに茨城に行ったものの、その2ヶ月後には神奈川へ引っ越しという、バタバタした日々でした。

ブログ上ではありますが、改めて日々支えて下さる皆様へ御礼を申しあげます。
ありがとうございます。

去年の今頃はまさか自分が神奈川に住むとは思ってなかったのですが、色々と考えた末ひとまず(と言ったらまずいでしょうか?)就職してみました。

仕事も幸い楽しく、体には気を付けて今年も過ごしていこうと思います。
ということで、今年の目標は・・・

1.仕事とそれにまつわる専門知識を付ける
2.英語のブラッシュアップ(まさかこんなに英語を要求される職場とは思いませんでした・・・)
3.健康追求!

ざっくりこんな感じです。

今年もよろしくお願い致します。

Saturday, June 26, 2010

日本に帰国しました。

昨日の午後3時、2日の移動を経て無事ボリビアから日本に戻りました。

ボリビアと日本は13時間時差があるのですが、まだそれといった時差ぼけは出ていません。
ボリビア→マイアミ→ダラス→成田と移動したのですが、日本に着いてから結構驚くことがあります。
忘れないうちに、驚き項目を挙げてみたいと思います。

・トイレットペーパーが流せる。(ボリビアではトイレットペーパーを流すと詰まるため、ゴミ箱に捨てます。アメリカに入ってから、トイレの個室にゴミ箱が無くてしばしどうしたら良いか考えてしまいました。)

・成田に着いたら日本人がいっぱいいた。

・サービスが丁寧。

・どこでも何でも美味しい。

・お釣がくる。(ボリビアだと、例えば5ボリの価格の物を100ボリ札で購入しようとするとたいてい拒否されます。なぜならお釣を出すのが面倒だから。なので、小さい金額の物を買うときは、事前に小銭を用意する必要があります。日本はどこでもきっちりお釣が出るのがすごい。)

・レディーファーストがない。(自分がレディーかは置いとくとして、ドアの前とかで男性が普通に先に入るのが興味深かった。ボリビアや南米(多分欧米も?)は、車の乗り入れ、店の出入り、料理が出る順番など、みんな基本は女性が最初でした。そしてたいがい知らない人同士でも戸を開けてくれる。)

・みんな携帯いじってた。


今日買い物に行ったら、間違ってスペイン語を喋っていてビックリしました。。。
もうしばらくすると色々と慣れるとは思うのですが、たった2年離れていただけでも驚くこと・興味深いことがたくさんあります。

Wednesday, June 23, 2010

いよいよ明日帰国します。


最後の砦、ウユニ塩湖にて。

明日ボリビアを出発するため、現在サンタクルス市に滞在しています。
昨日は最終報告を終え、今日は領事館へ表敬訪問をしてきました。

9万円ほどかかりましたが、懸念していた荷物も無事送り終え少しホッとしました。
日本には30時間の飛行後、25日午後3時頃に到着します。

2年間は決して短い時間ではなく、いろいろなこともありましたが、「来て良かった」という気持ちで帰国できることは嬉しいことだと思いました。
最後2週間は送別会も続き、周りの人にとても恵まれた2年間でもありました。

日本に帰ってからは、ここでの経験を忘れずに生かしていけるよう努力したいと思います。

Wednesday, June 09, 2010

6月に入りました。


こんな船に6時間乗ります。


光を求めて「歩く」木。


チャラランにある湖。


チョリータさんの衣装を貸してもらい、子どもたちと踊りました。


コスミニ村の子どもたちと。

いよいよ6月、帰国の月に突入しました。

帰国する実感がまだないのですが、にわかに忙しくなってきています。
報告書関係が4つ溜まっているのですが、5月月末から6月1日までルレナバケという地域を訪ねてきました。
ここはボリビアの熱帯地域です。

滑走路が土というルレナバケ空港に着いてから、アマゾン流域の1つ、ベニ川を上流に登ること6時間。
チャラランという先住民の人達が運営しているロッジを訪ねました。
ワニ、サル、イノシシ、鳥など、珍しい動物・植物がたくさんでした。
それと引き換えにノミに無数に刺され、ラパスにまで持ち帰ってきてしまったようで自分の部屋にも何か居そうです。

その後先週末からは送別会4連続。
ありがたいのですが、どうも生卵に当たったらしく(海外での生卵はやっぱりキケンです!)、折角の美味しい料理があまり食べられず残念でした。
それでも、こうして送別会して貰えることは嬉しい。

昨日は最後の村落訪問。
賞状も頂いたり、踊ったりと、楽しい時間を過ごしました。
いつも通りすぎて、もうこれが最後だという実感があまりありませんでした。

今週末からは最後の砦、ウユニ塩湖に行ってきます。
2年も居て、「まだ行っていない」というと大分驚かれます。
自分の体調が悪くなったりで3回ほど計画したのですが、全部計画倒れに終わっていたのですが、やはり最後はウユニに行ってこようと思います。

その前に報告書・・・。
他にもやらなきゃいけないことは山積みです。
ウユニなんて行ってていいのか!?

Tuesday, May 25, 2010

マルカタンボ


マルカタンボに行く前。道でフォルクローレを演奏していました。


サンポーニャを演奏しています。海外の音楽などを吹くときは、サンポーニャを3つ重ねて演奏するそうです。


ボリビアの加山雄三。ペペ・ムリーリョ。

先ほどのパンプロジェクトの記事に続き、連投です。
先週土曜日、22日はスペイン語の試験がありました。

事前に詰め込んだ文法で、文法問題は多分大丈夫。
リーディング、びみょー。
ライティング、大丈夫。
スピーキング、撃沈。
だったような気がします。

スピーキングは15枚ほどあるテーマからクジ引きの要領で1枚引きます。
引いたテーマは、「薬品と代用薬品について」。。。
このテーマを見た瞬間、その1枚を引いてしまった自分を激しく後悔。日本語でも説明できません。
それについて10分ほどスピーチ。一応話したけれど、だいぶメチャクチャだったと思います。

3ヶ月後に結果が分かります。
これで、一応スペイン語の勉強を終えます。残り帰国までの1ヶ月、再び英語を詰め込みます。
というのも、4月の試験で目標を超えることが出来なかったためです。
スペイン語の環境で英語を勉強し出すと、なんだか集中力が続かないので学校に通うことに・・・。言い訳?
出国前日まで月~土曜まで毎日授業を詰め込まれました・・・。これで出来なかったら、自分を疑うしかないかも。


スペイン語の試験を終えて、その日の夜は10時から「ペーニャ」に行ってきました。
このペーニャというのは、フォルクローレを聴きながらお酒や食事を摂ることが出来る場です。
今回は2度目、ボリビアの加山雄三ことペペ・ムリーリョが歌う「マルカタンボ」に行ってきました。

外国人のお客さんも多く、恒例各国の歌をフォルクローレで歌ってくれました。
日本は「スキヤキソング」です。自分たちも歌わなければいけないんですが。。。

1回目に行った時はボリビア赴任直後。今回は約2年ぶりに行ったのですが、スペイン語の内容がほぼ分かったのが感動的でした。ペペ・ムリーリョは喋り過ぎの感もありますが、やっぱり声は良いです。

ただ、私の聴きたかった「コンドルは飛んでいく」が聴けなかったので、帰国前に別のペーニャに行ってこようと思います。

パンプロジェクト(20)


新しく来た機会。ここにも以前紹介した「小さなハートステッカー」を貼りました。支援者の皆さんの名前が書かれています。


原価計算のグループワーク中。105/150の計算が難しかったみたいです。


ラファエルの衛生教室。


パン教室への参加者はこのような白衣を着ることになりました。


パン発酵ラック。ラパスは寒く発酵に時間がかかるので、このように覆いをした上でガスで温めています。

2010年5月21日

今日は第1回目のグループ、第2回目のグループ合同で、衛生・原価計算教室がありました。
調整員の方も行きたいということで、午後から一緒に来て頂きました。

第1回目のグループメンバーは1週間以上前に講習が終わっていたので、皆来てくれるか心配でしたが来てくれました。
私が前半の原価計算を担当、ラファエルが衛生教室を実施しました。
グループで簡単な問題を解いてもらったり、ラファエルが「販売を目的とする場合の衛生」ということでパワーポイントを用いて説明しました。

また、小さなハート支援金で粉を混ぜる機械も到着しました。
今後はこの機械を更に有効に使ってもらうためにも、工業用オーブンの購入を検討していかなくてはいけません。